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2016年1月26日火曜日

2015/09/26 第296日 他の街からお客さんが来て

ドイツ南部のフライブルクという街に1年間住んだ友人が、ハノーファーに遊びに来てくれました。

同じドイツに住んでいながら、遠くてなかなか会えず、お互い日本でドイツ語学校に通っていた時以来、約1年ぶりの再会。
ハノーファーからフライブルクがいかに遠いかって話は、前にちょこっと書いてますね

そんなわけで、同じドイツでも、違うところが色々あるようです。
例えば、ハノーファーにはイタリアン(レストランやジェラート屋さん)が多いのですが、フライブルクにはそんなにないらしいです。
代わりに、ケバブ屋さんがとても多いのだとか。
ハノーファーにもケバブ屋さんやトルコ料理店はありますし、日本とは比較にならないくらい多いと思いますが、フライブルクはさらに多いみたいですね。

ハノーファー観光の定番、市庁舎へ。
名物といえる、斜めに上がるエレベーター(※)に乗りました。
上からの眺めはこちらに写真をupしてますので、今回は市庁舎1階(地上階)部分をお見せします。
(※)ハノーファー市庁舎のエレベーターは、上部のドーム型の屋根に沿った形で角度を変えながら上昇/降下という点で、世界で唯一と言われています。
なお、角度を変えず斜めに上昇/降下するエレベーターとしては、エッフェル塔のエレベーターがあります。

市庁舎1階部分はこんな感じ。
エントランスホールへ入ると、階段がドーン。
ここでウェディング写真を撮っているカップルを時々見かけます。

それと、市庁舎に来たらぜひ見て欲しいのは、ハノーファーの街の模型。
まずは17世紀。
まだ、街自体が小さいです。

1939年。

1945年。
終戦直後の様子。
中央駅側
市庁舎周辺
大半が戦争で破壊されてしまいましたが、市庁舎は辛うじて残されたようです。

そして、現在。
見事に復興を遂げた、今日のハノーファー。
実際、中央駅周辺はかなり綺麗です。
2000年に万博が開かれたため、その時に新しく建てられたものも多いそうです。

そして、第二次世界大戦の被害の大きさを今に伝えるものをもうひとつご紹介。


教会は新しいものが建てられているのですが、このエギディエン教会は戦争の爪痕の大きさを今に伝えるモニュメントの役割を果たしています。


私自身、ドイツの他の街からお客さんを迎えるのは初めてでした。
(日本からのお客さんが来ることはありますが、ドイツの他の地域を知っている人にハノーファーを案内するのは初)
ハノーファーに住んでいる人は大体口を揃えて「ハノーファーは特に何もないから」と言うので、私も当初は「ハノーファーよりも、もっと大きな世界遺産があるような街を観光してもらった方が、いいんじゃないか?」と思っていたのですが、思った以上に楽しんでもらえて、私もなんだか嬉しくなりました。

2015年11月7日土曜日

2015/07/12 第220日 不発弾の処理のお知らせ。

朝、友人からこんな写真が送られてきた。


どうやら、来週日曜日に家の近くで不発弾の処理をするから、対象地域に住んでる人は避難してほしいとの案内らしい。

お知らせはドイツ語と英語で出されているようで、送ってもらった資料はこれ以外にも10ページ近くあるのですが、それらを読んでいくと、toshi家自体は避難対象地域には入っていないようなのですが、toshi家のマンションがある通りも一部は対象地域に指定されているようです。
家の近くの体育館が避難場所に指定されていて、さらに、当日はトラムが運行休止となるため、当日はちょっと混乱が予想されそう。

当日は夫の会社の人が出張で来るので、どこか近隣の都市を案内することになると思うのですが、ちょっと注意が必要なようです。

不発弾の処理って、東京でもたま〜に聞く気がしますが、ドイツの中でもハノーファーは、第二次世界大戦の被害が大きかった都市だからなのでしょう。
戦後70年になる今でもこうして、不発弾が見つかることがあるようなのです。